パンフレット掲載
第19期生卒塾文集
入塾募集案内2026掲載分より
◆ 中1女子「バッカーズ寺子屋に入塾して、人生が変わった」
私は、1年間バッカーズ寺子屋でいろいろなことを学び、体験させていただきました。その中で、特に私が得られたことは3つあります。
まず1つ目は、新たな考え方です。それは、悪い考え方を正したという“質”の意味ではなく、良い、楽しい考え方をたくさん知って、自分のものにできたという“量”のことです。特に知ることができて良かったなと思う考え方は、ネガティブなことは考えず、ポジティブなことだけを考え、口に出すことです。これは、萩合宿のスピーチの時にも言った気がしますが、本当に、ネガティブなことを考えるか考えないかでは、心の疲れ方が違います。それを実感したのが萩往還です。きっと学校だったら、誰かが「疲れた」と言い始めた途端、全員が「わかるー。」と言い出しただろうなと思います。そんな時「後ちょっとだよ!がんばれ!」と励ませる人になりたいと思いました。ネガティブなことを考えることが癖になっていた時と、ポジティブに考えようとしている今を比べると、心配事や不安を感じる時間が圧倒的に減ったように感じます。学校では、ダルい、無理などの言葉を使う人が多いため、せっかく使わなくなってきたそれらの言葉を言う癖がまた出てきてしまわないように、これからもポジティブでいることの大切さを頭に入れておきたいと思います。
また、新しいことを学ぶこと、知ることが好きになり、美術館や博物館などに興味を持つようになりました。前は、勉強なんてつまらないものだと思っていて、博物館なども何が面白いのか全くわからず、何も学べないため、時間の無駄だとさえ思っていました。しかし、いろいろな方の講話や足立美術館研修などのおかげで、だんだんと新しいことを学ぶことや、誰かが書いた、作った、残した作品を見ることが好きになりました。作品を見ながら、作った人の思いや意図を汲み取ったり、どういうところに力を入れているのかを見たりすることを楽しめるということに気づきました。特に、日本の絵画や演劇などが好きになって、母に頼んで歌舞伎を見に行かせてもらう等をしました。勉強も、特に歴史が一番苦手な科目から、一番好きな科目になるとは思ってもいなかったため、自分の変わりように自分が一番驚いている気さえします。もし、バッカーズ寺子屋に入らなかったら、まだ、勉強も美術館も大嫌いだったかも知れません。せっかく中学生という学割が効く年齢で、美術館や博物館が好きになることができたため、今のうちにいろいろな作品を見たいと思います。
次に2つ目は、歴史を学ぶということの意味です。小学生の時は、年号や、争いの名前を覚えても何の意味もないだろうと思っていました。いえ、今も少し思っていますが、吉田松陰の人生を学び、戦いや政治の名前を覚えることのほかに、大きな時代の中、その流れを変えた人、その人がどんな想いで、その行動に出たのか、そのようなことを学ぶこと、それを学んだ自分はこれから何をするのかを考えることも歴史を学ぶことの1つなのではないかと思いました。
萩往還も何も知らなかったら、普通のハイキングとしか感じなかっただろうし、〇〇年、〇〇時代に、実際に人が生活していて、自分もその人と同じ行動をしているということを実感することができなかったと思います。昔の人も自分と同じ場所に確かに立っていたと実感した時、言葉には表せないような歯がゆい気持ちになりました。萩往還を歩いて、昔の人と同じ行動をしていることを認識することは大切だと思います。その人が生きていた時代と、今の私の生活を比べると、私も頑張ろうという気持ちになれるからです。そして、そのためには、ただその場に行くだけではなく、誰がどんなことをしたのか、どんな人なのかなど、前もって詳しく知っておくことも必要だと思います。昔は、よくテレビで武士の聖地巡礼をしている人のことが理解できませんでしたが、こういう気持ちになるから好きなのかなと理解できました。昔の人以外にも、過去のバッカーズ寺子屋生が歩いていたと思うと、自分と同じ思い出をもっている人が何人もいるということをより感じ、土地にもっと親近感が湧きました。歴史を学ぶということは、単に名前を暗記することだけではないと、バッカーズ寺子屋で学ぶことができました。
そして3つ目は、“学校ではできない学び”から得られたものです。バッカーズ寺子屋の講座の中で、頭の中によく残っている講座があります。それは、第1回目の講座です。その日は、メモを取ることの重要さなどを学びました。私は、メモを取るということを意識したことがなかったため、メモを取るということがどれだけ意味のある行為なのかを知り、とても驚いた記憶があります。このレポートを書くうえで、過去に自分が書いたメモや、ノートを見返してみました。昔と比べて、今のノートの方が量も増え、自分の書きたいことが綺麗にまとまっているノートを書けるようになったなと思います。第1回目の講座で、“聴く”ことは筋トレと同じで、ずっとやっていたら慣れてくると塾長がおっしゃっていたように、今ではメモを取ることも率先してできるようになりましたし、昔よりもずっと精神のすり減りが少なくなったように感じます。
また、“挑戦する”ことを諦めないことが大切だということも学びました。多くの方が何かで挫折しても挑戦を続けていたことに気づきました。一度失敗したことに再び挑戦することはとても勇気がいることだと思います。それでも諦めることなく挑戦して、いずれ成功を掴み取ってきた方々を見て、自分も一度失敗したことにもう一度挑戦することができる勇気を持っているのだろうかと考えました。学校の授業でさえ、間違えることが怖いと手を挙げることが少なかった私ですが、最近は前と比べると、よっぽど手を上げて自分の考えを発言しています。まだ、私は自分の意見を述べても何の反応も得られなかった時や、その意見が誤っていた時には、もう一度手を挙げてみようという気持ちになれないこともあります。それでも、メモを取ることが今では楽になったように、何度も諦めず、それが平気になるくらい挑戦していきたいと思います。
そして、得た物の中で一番、常に頭の中に入れておこうと思ったことがあります。それが、「感謝心を忘れないこと」です。今まで、自分はたくさんの人に助けられ、支えられてきました。両親、友達、先生など知っている方もいれば、飛行機のチケットを手配してくれたり、お弁当を届けてくれたり、全く知らないであろう自分のために動いてくれた人も数え切れないくらいいるということを、今まで何も考えず、感謝も一切せず、まるでしてくれているのが当たり前とでも思っていたのか、心の底から感謝することがあまりありませんでした。だからこれからは、今まで伝えられなかった分、たくさん感謝を伝えていくとともに、常に誰かが自分を支えてくれているということを考えていたいと思います。
このように、私はバッカーズ寺子屋に入り、人生が変わったと言って良いほど、いろいろなことを学び、感じ、気づきました。それは、数え切れないくらいの人に与えられ、助けられたからだと思います。そんな方々のように、自分も誰かを支えられるようになりたいと思います。
1年間本当にありがとうございました。
◆ 中2男子「気軽に発言できる環境で、自分の意見の言語化ができるようになった」
僕がバッカーズ寺子屋の1年間を通じて感じたこと、気付いたこと、学んだことは、この卒塾文集1つでは語り切れないほどたくさんあります。そこで、今回はバッカーズ寺子屋に入った後と前で特に成長を感じられた3つを紹介します。
まず、1つ目は「アウトプットを前提としたインプット」についてです。バッカーズ寺子屋に入って最初に学んだことは聞く姿勢についてでした。その話を聞いたとき、自分はちゃんと人の話を真剣に聞いているからと塾長の話についてそこまで深く考えずにいました。しかし、塾長の話は本格的に講座が始まってから本当の理解ができました。ある講座の日、塾長が一通り話を終えると「どうだった」と質問され、塾生1人1人にマイクが回ってきました。その光景に対して最初は動揺してしまいました。なぜなら、ずっと塾長の話を聞いていたはずなのに、マイクが回ってくるとコメントが頭に思い浮かばずにいたからです。そのため実際に話すと、しどろもどろになって上手く感想を言うことができませんでした。
その後、講座で何回もそのやりとりをしているうちに、あることに気づきました。実は、今まで自分は人の話に耳を傾けているだけで、それを言語化することができていませんでした。しかし、バッカーズ寺子屋では学校とは違って、自分の意見を気軽に発言できる環境なので、言語化力が身につきました。また、言語化を前提とするため、時間が過ぎても内容がわかるようにメモを取る機会も増えていきました。メモを取ることにより、塾長の話や経営者講話について、より理解が深まり、自分の知識になっていると実感しています。メモを書いておくと、家に帰ってからレポートを書く際に話の内容がすぐに思い出せるため、スラスラと書けるようになりました。
メモを取る習慣は学校でも活かすことができました。今まで学校でもメモを取ることはありましたが、全部、先生へ提出するためだけに書いていて、自分が具体的にどのように使うということは、あまり気にしていませんでした。言語化を前提にしたメモを取ると、先生の授業についての理解が前より深まり、なんで今までやってこなかったのだろうと後悔しました。これらの出来事から、本当に人の話を聞くための聞く姿勢とは、「アウトプットをするためのインプットをすること」だと学びました。
2つ目は「何でも挑戦してみる」ことです。バッカーズ寺子屋に入る前の僕は、学校のイベントにはあまり参加するタイプではありませんでした。なぜなら、友達と遊んだり家にいるほうが楽しいし、何より面倒なことには首をあまりつっこみたくなかったからです。それはバッカーズ寺子屋に入るときも同様でした。バッカーズ寺子屋というものがあると言われたとき、休日に行くのはめんどうくさいな、学校の友達と遊んでほうが楽しいなと思い、あまりポジティブな気持ちにはなりませんでした。それでも渋々、萩オープニング合宿に行ってみると、意外な楽しさがありました。新しく友達になった仲間と初めての釣り体験やバーベキューをすることがとても楽しく、参加してよかったと思いました。そのとき、今までの自分が逃してきたイベントもこのぐらい楽しいものがあったのかもしれないと、少し後悔しました。そのため、このような後悔がないように、まずは挑戦しようとする意識を持ちました。具体的には、学校のイベントに積極的に参加したり、実行委員になったり、めんどうくさがらずに挑戦できました。
バッカーズ寺子屋では、時計を実際に組み立ててみる、足立美術館の庭園を目で見て感じる、偉人たちも来た萩往還を歩くなど様々な挑戦ができました。そうこうしているうちに自分の知らなかった世界がどんどん増えていきました。視野が広がったことで、いろいろな将来の道について知ることができ、とても人生が豊かになったように感じています。
最後に、3つ目は「協力をすることの大切さ」です。バッカーズ寺子屋では学校とは違い、基本的に1人だけでやる作業というのは少なく、スピーチの練習なども友達と教え合いながらやっています。そのような集団行動をしていると「協力」について考える場面が多々あります。そんな協力し合う機会が多いバッカーズ寺子屋において、特に協力の大切さについて感じた出来事が2つありました。
1つ目は最初の萩オープニング合宿でのバーベキューの準備です。まだろくに話したことのないメンバーとの準備だったので、ちゃんと仲良く準備について決められるのかがかなり心配でした。案の定、最初は予算内でどのぐらいの肉を買うのか、なんのフルーツを買うのかなど意見が分かれてしまい、班のメンバーそれぞれがあまり良い雰囲気とは言えない状況にありました。しかし、何度も話し合いも進めるうちにだんだんとメンバー同士の意見がまとまってきて、班自体の統制が取れるようになりました。そして、実際にバーベキューの時間になるとみんなで調理器具を協力して運んだり、分担して野菜を切ったり、それぞれの役割を理解して協力することできました。
2つ目は萩往還です。僕はもともと歩くこと自体が得意ではなく、萩往還という30km以上もある道を歩くのは、最初はかなり嫌がっていました。案の定、歩いて2時間後には足が痛くなり、息も上がってしまいました。最初はポジティブな言葉をかけることを意識しようとしましたが、結局は声を出すことも辛くなり、皆が下をうつむいて「疲れた」「痛い」などと言ったネガティブな言葉が口から溢れていました。そのまま午前の時間は終了し、昼ごはんを食べてすぐ午後の班活動が始まりました。これから最低5時間は歩かなくてならないと思うと、かなり気が重くなりました。ところが、班活動が始まると、心境は一変、皆でしりとりをしたり、歌を歌ったり、それぞれの学校の話をしたりなどとても楽しい時間が過ごせました。僕も班のメンバーに「大丈夫?」と声をかけるなど、できる限りの気配りができました。しかし、山道が増えてくると、また午前と同じように元気もなくなり声も出せない状況になりました。それでもなんとか元気を出せたのは仲間の存在です。今度は仲間が「大丈夫?」「元気出せ!」という言葉に救われました。仲間が協力しあって萩往還を歩ききったということは、どんなものよりも大切な思い出となりました。塾長はその日の夜に班としてのあり方について、皆に問いかけてくれました。そこで僕が思ったことは、班というのはお互い協力しあうものだと思いました。もちろん競争して高めあうことも大事ですが、お互いの弱い部分を補い合えるのが素敵な班というものだと思いました。その点からみて、僕は自分の班を最高の班だと感じています。頼れる仲間がいたからこその思い出だとも言えます。
僕はこの1年間でバッカーズ寺子屋のことが大好きになりました。レポートやスピーチの作り方など学校では決して教えてもらえないようなことを教えてもらい、たくさんの貴重で新鮮な体験ができて、とても味わいのある1年間でした。卒塾したあともバッカーズ寺子屋で学んだこと、「志」は決して忘れずに歩んで行きます。
最後に塾長、綿野さん、サポートスタッフの皆さん、そして一緒に学んだバッカーズ寺子屋第19期生の皆さん、1年間本当にありがとうございました。
◆ 中2男子「体験学習で新しい刺激をたくさん受けた」
僕がバッカーズ寺子屋に入塾して、感じたこと、気づいたこと、学んだことはとてもたくさんありますが、大きく5つあります。
まず1つ目は、1人1人への感謝と当たり前についてです。これは僕が入塾してから最も実感できているものの1つです。僕が入塾したての頃にあった初めての萩合宿へ行った時に、BBQや釣り、海へ行ったりしたのですが、普段の生活が頭に残っていたので、何時間も運転をして下さったうえに、水をわざわざ持ってきてくださった運転手さんや、前日から釣竿の準備などしていただいた全てを、やってもらうことが「当たり前」だと思っていました。しかし、萩合宿から帰ってきた次の講座で、「当たり前の反対はありがとう」というワードを聞いて、当たり前だと思っていることは、ちゃんと感謝をしなければいけないなと思いました。さらに、当たり前のことを感謝しないといけないことを昔から習ってきていたはずなのに、初めて知って聞いた感覚のようでした。そして何よりも、最初の萩合宿に関わっていた方々に心から感謝をできなかったことを今でも後悔しています。その後、僕はなるべくバッカーズ寺子屋の中や、日常的な面でも「ありがとうございます」という言葉を使うようにして、相手の方が当たり前のことをやって良かったと思えるように感謝の言葉をこれからもたくさん伝えていきたいと思いました。
次に2つ目は、本当の刺激を理解できたことについてです。もしバッカーズ寺子屋に入塾していなければ、僕はこの1年を家でSNS等をずっと見たりして、無駄に過ごしていたと思います。まず、なぜSNS等を見たいのかを考えてみると、刺激が足りなく、新しい刺激が欲しいから見てしまうのではないのかなと思いますが、実際のところ本当の刺激にはなっていないと僕は思います。しかし、バッカーズ寺子屋の合宿は非常に新しい刺激を受けられる体験がたくさんありました。もちろん家から出て散歩をするだけでも、空の綺麗さを見たりできていいと思うのですが、東京の景色は全体的に人工的、そして近未来的な建物が何千個もの自然を埋め尽くしています。しかし、萩というところ自体を知って、実際に行ってみたり、吉田松陰や伊藤博文などの学校では絶対に教わらないほど、1人1人に焦点を当てて細かいことを知ったり、ヒノキとスギの違い、どうやってチームをまとめていくかなど、山ほどの自然や人物に対して刺激を受けました。
少し話が逸れてしまいますが、僕は、以前は外で遊ぶことがとても好きでした。しかし、中学受験もあり、外で遊ぶ機会がなくなってしまい、遊べる日があったとしても、遊べる範囲がコロナウイルスや場所の関係で限られていました。でも、バッカーズ寺子屋の合宿は遊べる範囲がとても広く、自由と言ってもいいほどでした。学校の合宿と全く違って、友達と仲を深められる時間がたくさんありますが、もちろん時間のことなども考えなければならないので、すごく勉強にもなりました。つまり、SNS等を見たりすることも楽しいけれど、外に出て、都会などでは学べない色々なことを知って、友達と遊んで仲を深めて刺激を受けていくほうが楽しいと感じられました。
次に、3つ目は基本中の聴く力を身につけられたことです。僕は小さい頃から集中して聞く力があまりなく、長い時間、話を聞いているとすぐ疲れてしまっていました。だから、バッカーズ寺子屋に入る前までは、学校の授業を聞くことに疲れて寝てしまったり、聞くことが面倒くさいから先生のお話しを聞き流していました。そして、バッカーズ寺子屋に入ったのですが、入塾直後すぐに聴く力が身についたわけではなく、何講座も受けているうちに聴く力がいつの間にかついていました。もちろん、最初の方の講座では聞いているだけでつまらないなと思ったり、家に帰った時にものすごく疲れていました。それでも集中して本気で聴こうと思い、聴いたおかげで、1年前と比にならないくらい集中して色々な方のお話しを聴くことができるようになりました。他にも書く力、話す力などもありましたが、1番実感できたのは聴く力でした。でも、僕がひとつだけ疑問に思っていることがあって、集中して本気で聴くことが「攻撃的に聴く」と同じことなのかが今でもわかりません。そこで、バッカーズ寺子屋を卒業した後に「攻撃的に聴く」というワードのことを意識して授業や人の話を聞いていれば、「攻撃的に聴く」の意味がわかるのではないのかなと思いました。
次に、4つ目は目標を持って進み続けることです。バッカーズ寺子屋の中で僕が初めて知った人や有名な偉人は必ず全員「目標」を持ってそれに突き進んでいました。僕が萩往還を歩いた時もホテルやアイス、五重塔などの目標を持って何時間も歩き続けました。僕が今「目標」を何と言い換えられるか考えてみると「志」になると思います。少し違う言葉だと思うのですが、僕はすごく似ている言葉だと思っていて、先ほど言った偉人の方々は必ず「志」と「目標」があって何かをしたから偉人になられたのでしょう。
それはさておき、僕はまだ「志」と「目標」を持てていないと思います。なぜなら、特に好きなことや得意なことがないからです。しかし、まだ人生は何十年もあるので、好きなことや面白いと思うことを見つけて、目標を立てて、それに向かって生きて、社会に貢献できるような人になりたいなと思いました。
次に、5つ目は友達とのチームワークについてです。バッカーズ寺子屋に入って、僕が最も大事にしようと思えたことが、友達とのチームワークで、なぜ大事にしようかと思えたかというと、自分だけではできないことがたくさんあるからです。1番チームワークが大事だと実感できたのは萩往還の合宿で、もし僕1人で萩往還を歩いていたら午前で歩くのを諦めていた気がしますし、セミナーハウスでも、ベッドの作り方や片付け方を教えあったりしました。昔は、1人だと自分の好きなようにできるから、1人で全部やるほうが良いと思っていましたが、バッカーズ寺子屋の講座内で「1人だと1つのアイディアしか浮かばない。しかし、2人以上いると2つまたは3つ以上のアイディアが見つかる。」と聞いて、まさにその通りだなと思いました。
最後になってしまいますが、バッカーズ寺子屋に入塾して学べたことは今書いた5つよりももっとあります。正直、昔は面倒くさいと思っていたことが、今ではもっと色々なことを知って学びたいと思うようになりました。
僕は未熟な部分がたくさんありますが、その部分を少しでも埋めてくださったバッカーズ・ファンデーションのみなさま、今までお話をしてくださった経営者の方々、合宿に関わってくださった方々、そして、アドバイスをいただいたたくさんの親御さんに言いたいことがあります。「ありがとうございました。」そして僕が生きている間、未熟な部分を新しい仲間と自分で明るく埋めていけたらいいなと思っています。
バッカーズ最高!
◆ 中2女子「すべての学びと経験が自分を成長させてくれた宝物のような1年だった」
私は、元から「人の役に立つ上で、ポジティブで場を明るくできる人になりたい」という曖昧なビジョンはありました。この目標はバッカーズ寺子屋入塾当初からずっと変わりません。しかし、以前の私にはマインドしかないので、行動として何をすべきなのかさっぱり分かりませんでした。バッカーズ寺子屋では、たくさん世の中で活躍し人の役に立っていらっしゃる方、一緒に学ぶ仲間たち、もちろん先輩方や木村塾長からもたくさんのことを学ばせていただきました。そのまま言葉として学ぶこともあれば、起業家の方々の言動やちょっとしたこと、体験から学べることも多かったです。
私はバッカーズ寺子屋に入ってたくさんの失敗や反省を数えきれないほど繰り返してしまいました。でも、何にも代えがたい成長もありました。たくさんありすぎるのですが、大きく3つ紹介します。
1つ目は陰徳を積むことが自分にも気分がいいと「体感的」に知れたことです。ますは友達のゴミを少し拾う程度でした。それでも私には「今、私はいいことをした」と自分自身に思えることが、他人に良いことをしてもらうよりもずっとうれしかったです。私は自分に自信がなくなり、とにかく頭の中で悶々と自己嫌悪に駆られることが多いです。人に甘えて相談することも苦手です。つい、強がって他人に自分をよく見せたがってしまいます。でも、私には自分のモヤモヤした気持ちを他人に嫌な気持ちにさせず共有することは難しいですし、自分のことは好きでいたいです。「人知れず良いことをする。」これはよく聞く言葉ですから、その意味を理解するのに苦労はしません。しかし、理解することと、学び、実感して自分の貯えとすることとでは全く違うと実感しました。自分のことを好きになれる、人の役にも立てる、そんな素敵な方法を身をもって発見することができました。この気づきは私がバッカーズ寺子屋で得られた中でも一番の宝物です。バッカーズ寺子屋において、「言葉で言われれば当たり前のことを体感して学ぶ」ことができるところがバッカーズ寺子屋でしかできない良いところだと思います。
次に、2つ目は大切な仲間を得たことです。私は比較的社交的に人と接することが好きなので仲のいい友達はたくさんいます。しかし、私は部活や何かで特別なチームの一員として共に問題を乗り越える場はありませんでした。その状況が何か物足りない、味気ない感じがして嫌でした。バッカーズ寺子屋に入塾した当初は仲間などではなく、単に友達程度の付き合いをするつもりでした。でもバッカーズ寺子屋の特に最初の合宿で皆は共に一致団結して高め合っていける仲間であると、互いに口に出さずとも理解できました。それからの合宿や講座はどの講座でももれなく皆と少しずつ心の距離が縮まっていくのが分かりました。萩往還の合宿で、一緒に36㎞を乗り越えてからは特に、一人ひとりが替えのきかない仲間であると感じます。仲間の存在の偉大さは私の想像をはるかに凌駕していました。もし、私が何か人生で行き詰まっても、もう私にはバッカーズ寺子屋の19人がいます。お互いが見返りを求めずに借りを作ったり作られたりしているので安心して頼れます。どんな些細なことでも必ず皆全員に感謝をする瞬間があったと思います。全員が集まってやっと完成するような関係です。私達の良いところは、皆それぞれ状況はバラバラでも、バッカーズ少年教育10原則のような志でつながっていることです。だから、思い合えるし、皆が優しいと知っているから失敗が怖くはありませんでした。不安になっても「ここはバッカーズ寺子屋だから、誰も笑ったり変に言ったりなんかしない」と確信できていました。私にとってバッカーズ寺子屋第19期生の皆は全員が私の大切な仲間です。
そして、3つ目は困ったら他者を思いやることを最優先に行動すればいいということです。バッカーズ寺子屋で学んだことをまとめるにはとてもたくさんありすぎてまとめきれません。ですが、私はバッカーズ寺子屋の学びは元をたどれば思いやりにつながっていくのではないかと思います。例えば身だしなみやお作法はもちろん、ポジティブで場のムードを盛り上げられる人になることも、リーダーとしての在り方を学ぶことも、「人の役に立つ」「他者をいい気分にさせる」ための学びだと思います。企業訪問などでたくさんの企業の教訓や社員さんのご様子からそれぞれの会社に個性はありつつも、必ず「思いやりの精神」があります。レポートを書く際には私のレポートには毎回思いやりという単語が乱用されすぎではないかと思いました。私の中では、パラマウントベッドや大林組などは特に思いやりを感じました。常に人のことを考えて行動する、自分で言っておきながらすごく難しいなと思います。しかし、私はバッカーズ寺子屋に入って少し周りへの視野が広がった気がします。また、少し自分の意見を我慢したり、少し率先して片付けや他人のお手伝いに関わることだけでも、たまにできるようになれた気がします。バッカーズ寺子屋で学ぶことがほとんど思いやりにつながるのならば、人間、人の役に立ってこそ愛してもらえるのだと思います。
ここでの1年間の学びと経験に、いらない一瞬は微塵もありません。このレポートに書ききれないほど、かっこいい人間になるための最高の自分磨きの術を身に付けました。私は実践できていないことがほとんどで、まだまだ未熟です。でも、人の役に立ちたい! 元気よく挨拶したい! この場の誰よりも多く行動したい! と思える自分になれたのは、バッカーズ寺子屋という場を提供してくださったバッカーズ・ファンデーションの皆様、私達の講座の為に尽力してくださった多くの企業の方々、教えてくださり、時には一緒に楽しんでくださった先輩方、いつでも温かく見守ってくださった保護者の皆様、共にここまで切磋琢磨してきてくれた19期生の仲間たち、皆様のおかげだとつくづく思います。一度卒塾するともう二度とこの1年は経験できないのかと思うと今も時が過ぎていくのが憎いです。最初は厳しくて堅苦しくて、なんだかつまらない場所だと思っていました。しかし、今となっては、私はこんなにも名残惜しく、このような気持ちになったのは初めてです。それほどに心から楽しかったです。バッカーズ寺子屋に通っていた1年間は間違いなくこれまでの私の人生で一番濃く、自分自身が大きく良い方向に変わった宝物のような1年です。本当に楽しかったです。皆様ありがとうございました。そして、また今度は私が皆様の役に立てる人間になれるよう、これからもバッカーズ寺子屋での学びを軸に成長してまいります。
